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ARで図面に鉄筋モデルが浮かぶから理解しやすい。建築施工の技術教育に大きな効果

導入事例 職業能力開発総合大学校 メインビジュアル

2017.03.30ARインタビュー

ベテランの建築士や施工管理技士は建築図面を見るだけで立体的な施工結果を思い浮かべられるそうですが、そこに達するまでには相応の経験が必要になります。でも、ARがその「ベテランの眼」になれたら建築の施工を学ぶ人たちの技術・技能の習得に役立つのではないかという教育訓練の観点で開発されたARアプリがあります。

このアプリの発案者は職業能力開発総合大学校で建築技術の教育訓練にあたる西澤秀喜准教授。ARが教育訓練の現場でどのような効果を発揮しているのか?

早速お話しを伺ってまいりましょう。

職業能力開発総合大学校 西澤准教授

―― 建築施工に関する技術・技能の習得にARを使ってみようと考えたきっかけはなんですか?

「職業能力開発総合大学校」という厚生労働省所管の大学で学生に建築の技術・技能を教えているのですが、この大学では理論を学ぶだけでなく、実践的な実習で技術・技能を身に付けることに力を入れています。
施工実習は、木造、鉄筋コンクリート(RC)造、鉄骨造の建築物を想定し、それぞれ実物大の建物をゼロから施工して、建築生産プロセスを学びます。RC造では基礎から2階床まで、5ヶ月かけて鉄筋・型枠・コンクリート工事を体験しています。

施工実習場

しかし学生にはこの実習が難しいらしく、図面を渡して理論や手順を講義でいくら詳しく説明しても必ず間違いが起きるんです。 施工実習で間違いが起きればやり直し(手戻り)になりますが、それは簡単なことではありません。 鉄筋の太さや本数、継手や定着の長さなどを間違えたまま気づかずに先の工程に進んでしまい、辻褄が合わなくなってから前の工程まで戻るのですから、手戻りは実習でも重大な損失です。

「なぜこんなにも彼らは間違うのだろうか? 建築初心者は一体、どこでつまずくのか?」 私は総合建設会社で建築施工管理に従事していた経験が長いので、もはや初心者の感覚がわからないんですね。そこでほとんど学生に任せて実習を進め、様子を詳しく観察して、手戻りの発生原因を探る研究を始めたのです。

すると、学生は2次元の図面からでは施工結果を明確にイメージできないため、施工に必要な情報をしっかりと読み取れていないことがわかりました。ベテランは長年の経験から図面を見るだけで建築物を3Dでイメージできるのですが、初心者は平面図・立面図・断面図等に書かれている線や数字から完成後の立体を認識できないため、思い込みや浅い理解のまま作業を進めてしまうようでした。

だったら、図面の上に完成した建築物を3Dで表示すればいいのではないか?これがARを建築施工の教育訓練に取り入れてみようと思った最初の発想です。現在は3Dモデルアニメーションで工事工程を確認できる施工手順動画などとともに「新型教材(学内呼称)」という教材セットの中の1要素としてARアプリを学生に提供しています。

―― 建築施工の教育訓練向けの「新型教材」とARアプリについて具体的に教えてください

新型教材は「鉄筋モデル」「型枠モデル」「住宅基礎モデル」「柱一梁モデル」「RC総合モデル」の5つの施工実習課題それぞれについて、2次元図面(意匠図・構造図・鉄筋配筋図・鉄筋加工図等)、3D完成モデル、ARコンテンツ(アプリ)、施工手順図(3D)、施工手順動画(3D)を提供する教材セットです。2次元図面を含めて学生自身のタブレットやスマートフォンにインストールできるので、実習現場で作業をしながらいつでも確認できます。

新型教材に含まれる5つの3D完成モデル

新型教材を作成するにあたり、まずは実習課題用の2次元図面(意匠図・構造図等)から全ての部材を入力して「3D完成モデル」を制作しました。これを施工手順ごとのレイヤーに分割したものが「施工手順図」です。さらに分割したレイヤーを施工手順どおりに連続表示したものが「施工手順動画」になります。

ARコンテンツは2次元図面を画像認識して各工程の3Dモデルを表示する画像認識型のものと、実習現場の位置情報を認識して3Dモデルを表示するロケーションベース型の2つの機能を用意しています。

―― 画像認識型とロケーションベース型の両方のARを開発したのはなぜですか?

図面を初めて見るときには図面上に施工結果をARで表示して、これから造るものを図面と関連付けてイメージできるように、また実習作業を開始した後は実物の基礎の上に構造物をARで重ねて確認できるようにしたかったのです。

最初は図面をターゲット(認識対象)にしてARアプリを作成したのですが、実習現場は机の上よりもずっと広いので、認識対象の画像(図面)が小さくては端末が認識できず1つのアプリでは両立できませんでした。そこで、実習現場ではタブレットの位置を基にした相対位置情報によってARで構造物を表示するようにしました。AR上の3Dモデルは指先で拡大したり縮小したり位置を調整したりできるので、タブレットのカメラに映る施工中の基礎の上にリアルな大きさで鉄筋配筋図を表示して仕上がりを実感できます。

実は、ロケーションベース型のARを作ろうとしたら、その時に使っていたAR作成用クラウドサービスでは対応できないことがわかって、それから他のARエンジンやサービスを探したんです。Wikitudeは画像認識にもロケーションベースにも対応しているうえ、「みんなが使える」とWebサイトに書いてあったので選びました。

画像認識型AR ロケーションベース型AR

―― ARや3Dモデルを活用した教材は技術・技能の教育訓練にどのような効果がありましたか?

新型教材と従来の図面のみの教材で学生の実習作業にどのような変化があるのかを、細かく分析した実験結果があります。4組の学生(初心者)を2つのグループに分け、片方の2組は新型教材を使って鉄筋組立の施工実習を行い、もう一方のグループは図面だけの教材で同じ実習作業を行わせたところ、新型教材のグループは図面だけのグループよりも作業時間全体で1時間以上も早く組立作業が終わりました。これは約35%の時間短縮ができたことになります。

さらに作業時間を「通常作業」「手戻り」「手直し」「打合せ」に細分化して分析してみると、新型教材では2組とも「手戻り」がゼロでした。つまり、大きな間違いは一度も無く作業を完了できたということです。また「打合せ」や「手直し」の時間も新型教材を使った2組のほうが明らかに短くなっています。 新型教材によって短時間に正確に施工できたことになります。

新型教材と従来の図面

終了後にアンケートを実施したところ、建築物を3Dモデル化したARコンテンツ、施工手順図、施工手順動画はどれもわかりやすかったという評価でした。ARコンテンツについては「施工前」に利用しており、図面がどのような仕上がりになるかのイメージを掴むために使われたようです。その結果、施工実習を通じて技術・技能の習得度が高まったと推察できます。

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―― ARや3Dモデルの活用で「時間短縮」と「手戻り」ゼロは素晴らしいですね。

建築士や施工管理技士などの実務者の中には、現場で間違うことで経験が蓄積し、一人前に育つという考えの人もいるのですけれどもね、でも、やはり本番で手戻りが発生すると、後の工程に響きますしコストもかかりますから手戻りはないにこしたことはありません。

それに、検証実験の結果からもわかるように、ARコンテンツや3Dモデル動画といった立体的な視覚要素を含んだ教材を利用することで理解が深まったという教育訓練の観点での効果に意味があると感じています。

西澤 秀喜 准教授

現在、建築施工に関わる技術者や技能者が全国的に不足しておりますので、今回開発した初心者用の新型教材を人材育成に活用できたらと考えています。

―― 3Dモデルや教材制作に加えて効果分析、ARアプリ開発まで行うのは大変だったのでは?

それはもう、うちの研究室の飯田さんと杉野さんが頑張ってくれました。新型教材の制作と効果検証については、彼女たちの卒業研究テーマでもあったので3Dモデル作成から効果検証実験まで、一連の手法確立に貢献してくれました。

実習課題用の意匠図や構造図は私が作成します。3DモデルはSketchUP(スケッチアップ:米国Trimble社)というモデリングツールを使い、図面を見ながら学生がすべての部材を入力して作ります。これをArchiCAD(グラフィソフトジャパン株式会社)に転送して着色などを行い、bmixというファイル形式に出力して、BIMx(同社が無料で提供しているスマホやタブレットで表示できるビューワ)で閲覧できるようにします。

さらに、この3DモデルをWikitude SDKで開発したARアプリで、図面の上に表示したり実習現場の位置情報を取得して表示したりしています。

西澤研究室 飯野さん 杉野さん

私は建築が専門なのでモバイルアプリの開発の知識はあまりありません。Wikitudeで画像認識やロケーションベース型のARアプリをつくれることはWebサイトを見てわかっていましたが、実際のアプリ開発はどうしたらいいのかとグレープシティに相談したところ、ARアプリ開発の経験が豊富なステークホルダーコムという企業を紹介してくれました。それからはステークホルダーコムさんが、こちらの要望を全て聞いてくれて、良いARアプリができました。本当はまだ改善したところがあるのですがそれはまた今度ね(笑)

―― 職業大で開発した建築の教育訓練向けのARアプリは今後どのような展開を考えていますか?

本学の正式名称は「職業能力開発総合大学校」というのですが「総合」が付かない「職業能力開発大学校」が全国に20校ほどあります。

また、職業大の系列組織には「職業能力開発促進センター」といって、求職者のために職業訓練を行う施設も各地に多数あります。実は、昨年の6月以降に、北海道、青森県、千葉県、高知県等にある職業能力開発促進センターにこのARアプリも含む「新型教材」を導入してきました。

今は全国にある職業能力開発大学校にも展開するための準備を進めているところです。そのほか、民間の大手住宅メーカーから、社員の技術教育研修に使いたいという引き合いも来ていて、手ごたえを感じています。

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あとは、当校に留学して学び、現在はアジア各国で技術・技能の教育訓練にあたる指導者が多数おります。
施工に使う材料さえそろえれば、新型教材に含まれている「鉄筋モデル」「型枠モデル」「住宅基礎モデル」「柱一梁モデル」「RC総合モデル」の5つの施工実習をどの組織・機関でも行うことができますし、視覚要素で構成された新型教材は言葉の壁を超えることができますから、海外での教育訓練にも有効だと考えています。

今後は民間企業や海外研修まで幅広い応用が期待できますね!本日はどうもありがとうございました。

まとめ

「職業能力開発総合大学校」は社会に出てから即戦力となる人材や、職業訓練指導員を育成する専門性の高い大学でした。
今回お話しを伺った西澤准教授は建築施工のスペシャリストとしての経験が豊富でその深い知識や高度な技術を存分に生かし、3Dモデルアニメの施工手順動画やARコンテンツで図面から施工結果をイメージできる視覚体験型の「新型教材」を発案されました。
教育訓練分野におけるARの効果を実感できる事例でした。

快く取材にご協力いただいた、西澤准教授、研究室の飯田さん、杉野さん、本当にありがとうございました。

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職業能力開発総合大学校 西澤Laboの「職業大AR配筋図」アプリはAppStoreで公開しています。


職業能力開発総合大学校

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所在地

〒187-0035
東京都小平市小川西町2-32-1

設立

昭和36年4月

課程・専攻・学科

○総合課程:
 建築専攻、機械専攻、電気専攻、電子情報専攻
○職業訓練指導員養成課程
○総合ものづくり人材育成コース

お問い合わせ先

TEL:042-346-7127
Mail:gakusei@uitec.ac.jp

Webサイト

http://www.uitec.ac.jp